仮面家族のもとで育った私が社会について思うこと

HSP

血縁関係のない家族がいる「仮面家族」。私はそう呼んでいます。

幼少期に親が離別して、暗くて狭い世界しか知らないシングル家庭で育った私は家にいても外にいても居場所がありませんでした。

親は後に再婚する相手と遊びにいくのに明け暮れて、家に帰っても話相手がいない毎日。外でも友達と呼べる人がいない毎日。私なんて本当に必要な存在なのか。こんなことを思いながら思春期を過ごしました。親はまともに働けず、生活保護を受けながら10年間過ごしてきました。正直、情けないなと思っていました。こんな大人にはなりたくないという想いが大人になるにつれて強くなるのもわかります。

弟は入院、退院を繰り返すし、そのうち一言も話さない数十年間が過ぎて今に至ります。ようやくできた大学時代の友達には一切、家族のことを話したことがありませんでした。別に話すほどの家族ではないし、むしろ恥ずかしいなと。家庭では楽しい思い出もほとんどなく、私はこうして一生を過ごすのかと思っていました。

もし自分に子どもができても、親と同じようなことをしてしまうんじゃないかと思ったら申し訳なくて。世に出しても自分にはまともな人間に育てられないだろうなと考えたりします。なぜ結婚したら子どもを産むのか。昔からずっと疑問に感じていることです。

結婚していなくても子どもがいる人もいるしで、生活も経済力があれば何とかなるし、そうでなくても社会福祉制度を使えば必要最低限の生活は保障される。しかし、ネグレクトや虐待で子どもが犠牲になったりもする。私も父親に性的虐待をされかけたことがあります。大人になったら…といつものように言われたので。何とか回避はしましたが、どこの家庭もそんなことがあるのかと思うと、怖いなと思いました。日本社会の仕組み自体がおかしいので、私の力ではどうにもなりません。すべての原因は最終的に日本社会の仕組みに行き着くはず。日本に限らず、同じようなことが海外にもあるでしょう。

こんな幼少期を過ごしてきたので、他の子よりも思慮深く社会の裏側を知っているような子どもでした。同級生のみんなは表面上の優しさのなかで好き放題に生きているんだろうなと俯瞰していました。だから同級生の子とは話が全然合わなくて、なかなか友達もできませんでした。

いつの間にか人と話すということが何なのかわからなくなり、コミュニケーションの方法もわかりませんでした。今でも引きずってしまい、上手く話せないことがあります。

また、感情表現ってどうやったらいいのかわからない。自己紹介って何を話したらいいのかわからない。話す場面になると毎回こんなことを考えます。

だから大学時代にミュージカルに挑戦しました。しかも英語で。感情表現の練習になるだろうと思い、入部したら思いのほか楽しすぎて結局、4年間いました。

4年間続けた結果、自分以外の人間を演じるって楽しいなと思いました。自分のことはよくわからないのに他の人間を演じられるのが滑稽だなと。

話を戻すと、こういう家庭環境で育つと親からの愛情とやらをあまり知らずに大人になったので、多分、私に対して冷たいという印象を持つ人が多いかもしれません。だから視野が狭いとか言われても仕方がないよなと。私が唯一、相手にできたのが物だけ。本、食べ物、テレビ、映画、音楽。あとは動物。人間相手にすると99%トラブルになることをわかっていたので、仕方がないですね。

完全に自分の世界に入り込むのが趣味みたいなもので呼吸と同じような感覚です。一度、ハマってしまうとひたすら同じことを繰り返します。映画なら登場人物のセリフを一言一句、覚えてしまうくらい何度も観ます。

私は残念な人間だなと思います。まともなコミュニケーションができないし、頭もよくないのに無理して難しいことに挑戦したり。苦手なことをひたすらやって克服しようとしていたのですが、同調圧力やらパワハラやらで私の挑戦は何度も潰されてしまいました。理想的な自分を思い描くも、社会で生きていくってこんなに世知辛いのかと。

ある日、ストレスの副作用で婦人科系の病になりかけたことがあり、いつどうなるのかわからない不安を背負って生きていく覚悟もしました。もしかしたらガンになる可能性だってある。だから自分が家族を作るという選択肢はとっくに外れていました。身体がそう言っているから。結婚願望もなかったので、1人が気楽だし、好き放題にいろんな人と遊んだり、出会ったり。今の時代の流れに乗ったような人間ですね。

だから死ぬくらいなら好き放題に生きてやると思い、親元を離れて6年。実家に帰りたいという感情はとうの昔に捨て去りました。せっかくなら行ったことがない土地や世界をもっと知りたいし、借金をしてまでとにかく自分の経験値を増やそうとしたりもしました。別に服装とか美容には興味がなかったので、チャラい人や反社の人に絡まれることはなかったのが幸運でした。

借金は増えましたが、人との触れ合いや経験を何とか10年分取り戻し、今は自分に合った生き方を見つけられています。あのとき、病になりかけていなければ、ここまで登り詰めることはなかっただろうなと思います。昔よりもかなり楽な生き方ができているなと感じています。未だにトラブルはなくなりませんが、人と関わる方法を少し学んできたので、回避しようと常にアンテナを張っています。もっと楽に生きられる方法を探し求めて。

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